学園概要

建学の精神

「之科學為報國修」(これ かがくを くにに むくいるために おさむ)

この言葉には、「科学は自己の目的や利益のために学ぶのではなく、社会や人々の恩に報いるために修めるものである」という理念が込められています。
大阪物療大学はこの精神を基盤に、誠実さと温かい心を持ち、社会に貢献できる医療人を育成してきました。そして建学の精神に則り、社会人・医療人としての自覚と誇りを持ち、社会の要請に積極的に応える人材を育てることを教育理念としています。

学生2人が並んでいる姿

ごあいさつ ― 学長 田中 博司

学長あいさつ

大阪物療大学学長 田中博司

伝統ある少人数教育を実践し、
現場で長く活躍する医療人を育みます。

大阪物療大学は、診療放射線技師の育成に特化した大学です。
90年以上にわたり築き上げてきた歴史と伝統、先輩たちが積み重ねてきた学びの実践が、本学の教育の確かな土台となっています。少人数教育ならではの環境を活かし、教員が学生一人ひとりに寄り添い、勉学から学生生活に至るまで丁寧に支えています。
皆さんが志す診療放射線技師は、医師・歯科医師と並び、人体への放射線照射を許された専門職であり、その責任は極めて重いものです。
医療技術が進歩し、AI が導入される時代においても、医療の根幹にあるのは「人」です。
だからこそ本学では、高度な技術以上に「人を大切にする姿勢」を何より重んじています。医療人には、他者の痛みを理解し、命と真摯に向き合う覚悟が求められるからです。若い皆さん、ぜひ大きな夢を持ってください。
まずは心のドアを開き、本学で大いに学びましょう。卒業後も探求心を持ち続け、医療現場で生きがいを感じながら長く活躍する先輩たちに、あなたも続いてくれることを期待しています。
物療学園は1933(昭和8)年に初代校長・田中金造博士が大阪府から認可を受けて設立した「物療学院」から、90年以上にわたり優れた診療放射線技師を輩出してきました。
2011(平成23)年からは「大阪物療大学」として新たな歴史をスタート。歴史と伝統を土台に高度な知性・技術、豊かな人間性を備えた人材を育成します。

大阪物療大学 学長
田中 博司

学部長あいさつ ― 学部長 山田 雅之

大阪物療大学学部長 山田雅之

「病と闘う人の力になりたい」
「医療を通して人の役に立ちたい」
その想いと志が、すべての出発点です。

診療放射線技師は、かつて「レントゲン撮影を行う技術職」というイメージが強い医療専門職でした。しかし現在、その役割は大きく広がっています。
X線CTやMRI、核医学検査などの画像診断に加え、放射線治療においては医師とともに“がん”に向き合い、さらにチーム医療の中で質の高い医療を支える重要な存在となっています。
だからこそ、これからの診療放射線技師には、高度な知識や技術だけでなく、患者さんに寄り添い、信頼される人間力が求められます。
本学では、こうした医療現場のニーズに応えるため、「基礎医科学」「診療画像科学」「放射線治療科学」「医療安全科学」の4つを柱とした教育を行っています。
これらは単なる分野の区分ではありません。患者さんの状態を理解する力、適切な画像を提供する力、治療に関わる力、そして安全で質の高い医療を支える力――そのすべてをバランスよく、高いレベルで身につけるための基盤です。
こうした学びを通して、「豊かな学識」「テクニカルスキル」「ノンテクニカルスキル」「リサーチマインド」を兼ね備えたコンピテンシーを着実に培っていきます。
本学は、『診療放射線技師をまっすぐに志す』単一学部・単一学科の大学です。
だからこそ実現できるのが、教育の「密度」と「方向性の一致」です。学生は同じ目標に向かって学び、教員もまた専門分野の違いを越えて、「優れた診療放射線技師を育てる」という一点に力を注いでいます。
私たちが育てたいのは、単なる技術者ではありません。
「この人を頼りたい」「この人に任せたい」と思われる医療人です。
そのために必要なのは、患者さんの不安や苦しみに寄り添える、あたたかな心です。
「病と闘う人の力になりたい」
「医療を通して人の役に立ちたい」
その強い想いと志をもった皆さんを、私たちが次世代の画像医療プロフェッショナルへと育てます。
さあ、次代を担う診療放射線技師へ。
その第一歩を、ぜひ大阪物療大学で踏み出してください。

大阪物療学部 学部長
山田 雅之

教育研究上の目的

  • 大阪物療大学の目的

    政令指定都市・堺における医療人育成の拠点として、保健・医療・福祉分野に貢献する人材を養成する。

  • 保健医療学部の目的

    専門性を活かした人材育成により地域医療の向上に寄与するとともに、地域貢献のための教育・研究拠点として知的資源を還元することを目的とする。

  • 診療放射線技術学科の目的

    診療放射線技術に関する教育・研究を通じて、地域社会の医療・保健・福祉の発展に寄与する診療放射線技師を育成する。

教育方針・ポリシー

  • アドミッションポリシー(入学者受け入れ方針)

    医療人として必要な資質・基礎学力・学ぶ意欲を備えた学生を受け入れる。

  • カリキュラムポリシー(教育課程の編成方針)

    基礎から専門へ段階的に学び、国家資格取得と実践力を身につけられる教育を実施。

  • ディプロマポリシー(卒業認定・学位授与方針)

    必要な単位を修得し、知識・技術・人間性を兼ね備えた学生に学位を授与。

  • アセスメントポリシー

    教育目標の達成度を多面的に評価し、教育改善へ反映する。

学生数・定員

  • 収容定員:320名(各学年80名)
  • 2025年度在籍者数:322名(男185名・女137名)
学年
1年 35 42 77
2年 59 33 92
3年 50 30 80
4年 41 32 73
185 137 322

沿革

1933(昭和8)年 8月 初代校長田中金造博士を設立者として勅令私立学校令により私立物療学院設立許可を得る
9月 私立物療学院開校
1934(昭和9)年 3月 大阪府大阪市住吉区に校舎完成
3月 校名を大阪物療学校に改称
1935(昭和10)年 4月 エックス線と物理療法全般並びに関連医学の学術技能を教授する許可を得る
1951(昭和26)年 6月 校名を大阪物療専門学校に改称
1953(昭和28)年 2月 診療エックス線技師養成所として厚生大臣より指定を受ける
1954(昭和29)年 4月 第一本科設置
1955(昭和30)年 4月 第二本科設置
1958(昭和33)年 8月 第二代校長に田中崇宣就任
1969(昭和44)年 4月 大阪府大阪市阿倍野区に阿倍野校舎完成
1971(昭和46)年 3月 診療放射線技師養成所として厚生大臣より指定を受ける
4月 第一専攻科設置
1973(昭和48)年 10月 学校創立40周年記念式典挙行
1975(昭和50)年 4月 第二専攻科設置
1977(昭和52)年 4月 専修学校設置基準の制定に伴い、専修学校としての許可を受け、医療専門課程設置認可を得る
1978(昭和53)年 4月 第一・第二放射線科設置
1980(昭和55)年 3月 第一・第二本科廃止
1981(昭和56)年 3月 第一・第二専攻科廃止
1985(昭和60)年 10月 学校法人物療学園設立
初代理事長に田中崇宣就任
1988(昭和63)年 9月 大阪府堺市鳳に新校舎(現:大学1号館)完成
移転
1993(平成5)年 8月 学校創立60周年記念式典挙行
1995(平成7)年 3月 1994(平成6)年度卒業生より専門士(医療専門課程)の称号授与開始
1999(平成11)年 5月 大阪物療専門学校第三代校長に田中博司就任
6月 第二代理事長に田中信行就任
2001(平成13)年 4月 第一・第二放射線科を第一・第二放射線学科に改称
2002(平成14)年 4月 大阪府堺市下田町に第二校舎(現:大学4号館)完成
4月 理学療法士作業療法士養成施設として厚生労働大臣より指定を受ける
4月 第一・第二理学療法学科設置
4月 第一・第二作業療法学科設置
2004(平成16)年 4月 学園本部校舎開設(情報処理室併設)
12月 イングリッシュガーデン完成(現:大学1号館)
2006(平成18)年 4月 第三代理事長に田中博司就任
2008(平成20)年 6月 鳳東町運動場完成
2010(平成22)年 10月 大阪物療大学保健医療学部診療放射線技術学科設置認可を得る
2011(平成23)年 3月 大阪物療専門学校第二放射線学科、第二作業療法学科 廃止
4月 大阪物療大学 開学
大阪物療大学初代学長に田中博司就任
大阪物療大学保健医療学部診療放射線技術学科設置
2012(平成24)年 3月 大阪物療専門学校第二理学療法学科、第一作業療法学科 廃止
4月 大阪物療専門学校第四代校長に遠藤忠保就任
2013(平成25)年 3月 大阪物療専門学校の廃止の認可を得る
3月 大阪物療専門学校第一放射線学科、第一理学療法学科 廃止
3月 大阪物療専門学校 閉校
2015(平成27)年 3月 大阪物療大学1期生卒業

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